しゃべり場

先日、

今井荘にて

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べらべらとお話をしてきましてん。

タイトルの “しゃべり場”のように

めっちゃ濃い意識高い話 かっていうと…

 

全然そうでなくて 笑

 

くだらない話 8

中身のある話 2

の割合でした。

でもまぁ、みなさん

 

いろいろと “想い””考え方” ”正義” ってものがあって

 

(正義っていうのは、自分にとっては正しいのだけど

相手の視点に立つとそうでなくなる。アメリカとイランのように)

 

それが、お互いに相容れないので

 

ぶつかり合い

 

アツい議論になったかと思うと…

 

急にアホなことを言い出したり 笑

なんかこう、日本人て

 

議論してても

どうしても突っ込んだ話ができないっていうか

いわゆる忖度してしまうとか

ぶつかり合う空気を避けがちなので

 

けっこうバトルしてたのは、見てて面白かったです。はい。

 

僕は、お抹茶を点てたんですけど

(写真撮るの忘れた)

 

ソムリエやってるA君に服してもらうと

ワイン感覚で

「これ・・・まだ開いてないから、もうちょっと回して(時間を置いて)

自分のところに来たら、ちょうどいいぐらいの味わい」とか

意味のわからない解説とアドバイスをされたり 笑

 

Mさんには

 

茶筅(ちゃせん)   – 写真のお茶碗に入ってる泡立て器のような道具 –

茶筅をもっとシャカシャカして

もっと空気を入れていい具合の酸化をさせた方がいいんじゃないか?とか 笑

(流派によって、泡立てない派もある)

 

お茶の世界ではありえない考え方は、新鮮で新たな発見がありました。

 

重要視するところが、関わってるモノによって違うんだなと。

 

ソムリエの彼らは香りと味、産地などが重要で

そういった背景を詳しく興味深く話すんです。

 

新たな発見があったのは、

一方で自分が関わってない世界には、

その世界の文脈や成り立ち、背景などを無視して

持論を述べる傾向があるってことです。

(決してこれ、否定じゃなくて自分的にスゴい発見で勉強になったんです)

 

自分の関わってる世界には、熱も経験もあるので

饒舌にルーツや背景、今に至るまでの歴史、ストーリーなど、科学的な根拠などを含めての

テイストや香りの話に落とし込んでいくんですね。

 

もちろん抹茶の世界でも同じように文脈、ルーツ、今日に至る歴史、根拠など世界観があるんですが・・・

 

人間ってのは

どうしても、そこへの理解や配慮を無視して自身の価値観で語ってしまう傾向があるんだなと。

 

その発見が、自分にとってものすごいアドレナリンが出ました。

 

ま、

お茶の世界は語らせていただきますと、いわば六感なんですよ。

・見る (亭主の世界観や、道具の取り合わせのセンス)

・触る (質感や温度感、重量感)

・匂う (さまざまな香り)

・味わう (お菓子と抹茶)

・聞く (環境音(自然)、作業音など)

の五感にプラスして

・亭主(主催) の趣向や想いを感じ取る

 

六感です。

 

は、「今この瞬間に全力を注ぎ集中する」

「徹底的に削ぎ落とした美」

なんですけど、話しだすと長くなるのでこの話はまたいつか。

 

でもまぁ、ソムリエの言ってることもよーくわかります。

 

フォーカス(ピントを合わせるところ)するところが、それぞれの世界で違うので

めっちゃ面白い話でした。はい。

 

 

あとは、僕のYouTube

その場で見られるという

 

最も恥ずかしいプレイをさせられました 笑

 


今日の一曲

Seu Jorge & Rogê

ブラジリアン・ミュージック


 

じゃ、また。

 

 

 

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